原題: Midsommar 2019年公開 アメリカ・スウェーデン映画 サイコロジカルホラー・宗教 2時間27分(DC:2時間50分)
【Amazonあらすじ】
「アメリカで暮らす大学生のダニーと恋人のクリス、その仲間たちは、交換留学生であるペレの故郷スウェーデンで夏至(ミッドサマー)に行われる祝祭に誘(いざな)われる。その村では、90年ごとに9日間の浄化の儀式が行われ、人々は着飾って様々な出し物をするのだという。人里離れたヘルシングランド地方、森の奥深く、美しい花々が咲き乱れる“ホルガ村”を訪れた5人は“白夜”のもと、優しく穏やかな村人たちから歓待を受ける。しかし、閉鎖空間の中、次第に不穏な空気が漂い始め、ダニーの心はかき乱されていく。妄想、トラウマ、不安、恐怖……それは想像を絶する悪夢の始まりだった。(C)2019 A24 FILMS LLC. All Rights Reserved.」
映画スタッフ・キャストを開く
監督:アリ・アスター
登場人物のうち、ホルガの住人たちは主にスウェーデン人俳優が演じており、そのうちの何人かにはスウェーデン語を話す場面がある。また、ダニーの家族などの脇役数名はハンガリー人が演じている。
ダニー・アーダー演 – フローレンス・ピュー、日本語吹替 – 井上麻里奈[17]アメリカの大学で心理学を学ぶ女子学生。パニック障害を抱えており、自分自身の不安や焦燥感を共有してくれる友人が少ないことに苦悩する。
クリスチャン・ヒューズ演 – ジャック・レイナー、日本語吹替 – 前野智昭[17]ダニーと同じ大学に通う大学生。院試を控えているが、論文作成の題材が決まっていない。ダニーが家族を亡くす半年以上前から彼女と別れたがっていたが、切り出せずにいる。
ジョシュ演 – ウィリアム・ジャクソン・ハーパー(英語版)、日本語吹替 – 濱野大輝[17]ダニーと同じ大学に通うクリスチャンの友人。今回のスウェーデン旅行のほか、文化人類学でドイツや英国を巡る予定。
マーク演 – ウィル・ポールター、日本語吹替 – 沢城千春[17]ダニーと同じ大学に通うクリスチャンの友人。学問的な事よりセックスとドラッグの事にしか頭になく、仲間の中でも特に軽薄な行動が多い。
ペレ演 – ヴィルヘルム・ブロムグレン(スウェーデン語版)、日本語吹替 – 落合福嗣[17]ダニーたちの大学に留学しているホルガ出身の青年。仲間たちをホルガの夏至祭に誘う。
サイモン演 – アーチー・マデクウィ[18]、日本語吹替 – 三瓶雄樹[17]イギリスの農園で知り合ったイングマールの招待をうけホルガを訪れる青年。コニーと婚約している。
コニー演 – エローラ・トルキア[19]、日本語吹替 – 丸山ナオミ[17]サイモンの婚約者。イギリスの農園で知り合ったイングマールの招待をうけホルガを訪れる。
ダン演 – ビョルン・アンドレセンホルガの村人の老齢男性。夏至祭の初日にアッテストゥパンの儀式に登場する。
エバート演 – マキシミリアン・スラッシュ・マートンホルガの村人の若い男性。夏至祭の初日にアッテストゥパンの儀式に登場する。
出典:「ミッドサマー (映画) – Wikipedia」
ライセンス:Creative Commons 表示-継承 4.0 国際(CC BY-SA 4.0)
感想
スプラッタホラーともサスペンスホラー、ジャパニーズホラーとも違う、どこか映画全体を通しての不安定さそのものがホラー要素となっている映画で、スウェーデンの架空、土着信仰をテーマとした映画です。
多少のグロ要素はある物の、直接的な殺害描写は少なく、自然と登場人物たちがいつの間にか消えていくと言った感じです。
人生観、宗教観に興味があるのなら観てみるのも良いかも知れませんが、終始、不安定さがある映画なので鬱傾向がある人は観ない方が良いかと思います。
余り、映画内に入り込まない現実と映画を切り離して観た方が楽しめると思います。
ネタバレ感想を開く
映画の色合いが彩度が低くふんわりした絵作り内容共に終始、幻覚的、変な夢の中の様な感じに仕上がっています。
内容的には宗教色が強く、架空のスウェーデンのとある村、ホルガに根付く土着信仰的なものをテーマとした映画となっています。
現代基準とは逸脱した文化に直近に妹と両親が自殺し亡くしたダニーとその彼氏である、クリスチャンと文化人類学を専攻する大学の友人たちがペレの故郷である土着信仰が未だ根付くホルガ村に訪れる。
スウェーデンの気候と相まって爽やかな映像とは裏腹に、全てのシーンでどこか幻想的でどこか異様・違和感がある雰囲気があり、その映像とは不釣り合いな構成となっていて、不安定感が出ていてそれ自体が何故か映画内容との親和性を逆に生んでいる様に感じる。
内容と映像が不釣り合いだからこそ逆に内容に合っている、と言うそれ自体が不思議な作りになっている。
その土着信仰は自然との一体化、種族的な新陳代謝、どこか蟻や蜂の様な個人より種を重んじる超生物的な信仰の様で1年に一度の白夜の時期に行われていると思われる、祭事に村の新陳代謝を促す為、72歳を超えた老人達は自ら崖から飛び降り自死するのが長年の習わしとなっており、それが村内での輪廻転生出来ると信じられていて、老人達は希望と喜びの中自死していく。
地元民であるペレだけを除き、その文化に驚愕する主人公たち一向。
一般的な現在の文化と大きくかけ離れている価値感、村内の出の役目は年齢で分かれていて、0~17歳までは村全体の保護下におかれ、18歳からは他文化や学問を取り入れる為、一度村から旅立ち、中には主人公達の様に外部の人間を連れて来る事もある。
38歳からは村での労働に励み、72歳で自死。
どこか、役割分担が完全に決まっている、蟻や蜂の様な村絶対主義的文化となっている。
通常文化、価値感では考えられない様な文化ではある物の当事者たちが納得しているのなら、それが外部の人間がどうこう言う物では無いと思わせるものの、その土地で育ってこなければその思想には至らないとも思える。
その文化を否定するのか肯定するのかと言う事と、それに至るまでの経緯自体にも価値観が問われる内容になっています。
そして、サイコロジカルホラーとなっていますが、通常のスプラッタホラーやジャパニーズホラーとはまた違った瞬間的な怖さや徐々に恐怖感を煽る内容ではなく、緩く波打った怖さがあります。
主人公ダニーは直近に家族の自死を経験しており、パニック障害もある。
主人公ダニーの心理的不安定さを映画全体で提言している様な作りとなっていて、今までとは違う尺度の怖さがあります。
心理的描写でのホラー要素、終始の不安定さがあるので躁鬱の毛色がある人は観ない方が良いかも知れません。
そして、少しグロ要素もありますが軽度な物なので、そちらは大丈夫かと思います。
一番最初にこの映画を観たのは、VTuberの宝鐘マリンさんの同時視聴でした、同時視聴にしては賛否別れそうな映画でしたが、価値感を問う映画は好きなので面白かったです。
そして、Unextが初回無料期間が有ったのでその間に、ディレクターズカット版が有ったので再度観直しました。
10歳前後の少女を儀式的に湖に沈めそうな場面描写など、通常版ではないカットも収録されていました。
また、軽く性的描写が通常版でもありますが、モザイクがかかっていない等の違いもありました。
個人的には、落ち込む方の人間ではなく、結構適当な暮らしをしているので鬱やパニック障害とは程遠い性格をしているので、その様になる人もいると言うのには理解は出来るものの、主人公自体には感情移入が出来ませんでしたが、わからなくもない、と言った感じです。
どの様な悲劇的な出来事でも起こってしまった物はしょうがないと切り分けて考える方なので感情移入が出来ないのだと思います。
ただ、私も母親を亡くしており、その際の直前に、医者から胃ろうをするか(意識はないが胃の中に栄養素をぶち込み延命)迫られました、回復の見込みはないものの胃ろうをすれば意識が無い状態での延命、胃ろうをしなければ徐々に衰弱死。
つまり、間接的に親を殺すか延命させるかを問われるわけです。
しかも、なぜか急いでいたのか5分で決めてくれと言われ、回復の見込みが無いのならしょうがないと決断しました。
なので、間接的に親を殺したと言えます。
それでも、”もし”と言うのは無いので、そうなってしまった物はしょうがないと思っています。
もし、を考えてもしょうがないですからね。
なので、この映画の主人公家族の様に自殺していたとしても、しょうがないと受け入れて切り替えて生活すると思います。
家族の死にざまがどうであれ、それと私の生活は別と考えています。
ちなみに父親は諸事情あり死んでいるのか生きているのか知りません。
その様な経緯もあり、過ぎた事で悩んだり苦しんでも意味がないのにもかかわらず、悩んだり苦しむ主人公やそうなる人達が鬱やパニック障害になぜなるのか?と言う事自体には興味がありその様な心理描写がおぼろげながらも描写されていて面白かったですね。
また、宗教観についても興味があり、私自身、神や霊や宗教と言った物は信じていいませんので、出会った事も恩恵もあった事が無い神をなぜそこまで信仰できるのか、無料で使えるGoogleMapの方がよほど役立つと思っています。
またこれも母親についてなのですが、死んだ後、葬式はしていません。
葬儀屋さんに預かって貰い、火葬場に直行の火葬です。
墓も一応、祖父母の代では有ったのですが、宗派的な物を変えて、現在はロッカー的な墓に祖父母の遺骨が入っている様です。
ロッカーで簡単に開く墓に遺骨を入れるだけだろうと思っていましたが、そこのお寺に問い合わせた所、戒名やらなんやらで数万要求されたので、ただの焼いたカルシウム分なのでどこにおいても同じだろうと、遺骨は家の仏壇に置いています。
とは言え宗教自体はコミュニテーや精神的安定所と言う意味合いではあると助かる人もいるのかな?と言った所でなのですが、なぜそこまで信仰、酷い場合には妄信するのかと言う心理状態自体に興味もあります。
生活文化による物なのか、生物的本能、火葬なども結局の所、伝染病が広がらない様にする為の物ですし、それ以外に心理的意味合いが関係しているのか。
この映画で言えば、宗教的でもありますが、どちらかと言えば、超全体主義的な感じなのかな、と思いまいます。
一昔前までなら、医療技術も未熟で食料等も今よりも豊富には無く、年老えば身体に不調が出て食料を消費するだけの存在になるので、自ら命を絶ち後世により多くの資材を残すと言うのが種族的には効率は良い状態と言えます。
映画内での宗教観では生贄的文化もあるので、資材を多く残す手段と生贄と言う文化的側面の両方を満たせるからなのだと思いますが、果たしてそこまで洗脳もしくは、少なく狭い村内で習慣だからこそ本能的部分まで根付くのか。
日本でもどう考えるかとなってくると思います。
食料や資材は豊富でも年金等が成り立たなくなってきていますので、年老えば若い年齢層に負担が大きくのしかかります。
大昔に有った、姨捨山とか口減らしと言った文化が違う形で日本でも出てくるかも知れませんね。
まぁ、私は個人主義の前に全体主義の傾向があるものの、それ以上に自分主義ではあるので自分が将来的にそうなるのなら絶対避けたいとは思いますが。
なので、今までの生活や過去に何か思う所が有っても無くても、この映画を通して何かヒントが得られるかも知れません。







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